FC2ブログ
2019
01.04

2019年 喜びが溢れますように!

Category: 暮らし
marinobu.jpg

2019年、新しい年を迎えました。
喜びに満ちた一年となりますように!

年末年始に心に留まった聖書の言葉。
"いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリピ4:4)”

「いつも笑っていなさい」とは違う。
笑う=喜ぶ ではない。
だって、いつも笑ってなんかいられない。泣くことだってあるし、沈むときだってある。

「泣いてはいけない」とも、聖書には書いていない。

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。(ローマ12:15) と聖書には書いてある。

笑っても、そしてもちろん泣いてもいい。それは神様が私たちに与えた豊かな感情。

そして主にあって喜ぶとは、心のうちにイエスを受け入れた喜びと感謝を持ち続けるということ。
主にあって喜びなさい。 それは喜びの泉。

その真の喜びと感謝を持って 
"何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ4:6)"

"そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ4:7)"

そうすれば願いが叶いますって書かれてはいないんだけど、
全ての理解を超えた神の平安(!)が
私たちの心と思いをキリストにあって守ってくれるんだなぁって。
感謝。

この喜びは尽きることのない泉。

過ぎた年、喜びと悲しみ、笑いと涙もいっぱいの年、
恵みの年でした。
新しい1年も、主に期待して歩みます。
いつも主にあって喜ぶ、喜びに満ちた年でありますように!

共にいて下さる方たちに感謝します。
今年もよろしくお願いいたします。

内村まり子
スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2018
02.25

父のこと

Category: 信仰
2018022423320681a.jpeg

2月18日に父が天へ召され、2月22日に家族葬をもって父を見送りました。
カルバリー・バプテスト豊田キリスト教会にて、礼拝としての家族葬でした。

普段、離れたところにいる私が、
父のこの世での最後の1ヶ月間を共に過ごせたことが本当に感謝です。
祈りをもって実家へ送り出してくれた夫とミラノ賛美教会の皆様、
支えて下さった皆さまに心からの感謝の気持ちでいっぱいです。

10年間、癌と戦い、『最後の時は自宅で迎えたい。』
父の願いと同じ思いをもって、家族で看護体制を学び、その時を迎えることができました。
そして、この期間に父、母、姉がイエスキリストを信じ、洗礼を授かり、
永遠のいのち、キリストにある再会の希望をいただいたのです。
今は地域の教会に繋がっていく只中にあります。
それは驚くべき神の恵み、御業でした。

遠くから、近くからの助けと励まし、地域の医師、看護師に恵まれ、
多くの方々の祈りのスクラムが組まれる中、
毎朝、聖書のことばを父に送り、訪ねて下さったご夫婦、聖書を運んでくださった義姉夫婦、
吉川牧師(シオンの群中野キリスト教会)、能勢牧師(カルバリー・バプテスト豊田キリスト教会)、伸之さんという3人の牧師が関わってくださり、
父の病床にて父と母と姉は洗礼を受けました。
そして数時間後に父は母に光るような満面な笑顔のイメージを一瞬見せた後、
穏やかな顔で天に召されたのです。

家族を愛し、夫婦仲のよかった両親で、
晩年は『マーコ(母のこと)は俺の宝だ!』と母に再告白。
シャイでしたが、なかなかロマンチックな父でした。

大好きな父の姿が見れなくなるのは、話せなくなるのは大変寂しく、
ことに夫婦ひとつであった母の哀しみはひとしおです。
礼拝として開かれた家族葬にて、よみがえりのキリストにある希望のメッセージを受け、
母は父との『キリストにある再会の希望』を宣言し、
姉も『過去形でなく、進行形で幸せです。』と語りました。
主の愛と希望に包まれた葬儀でした。

これからも色々なことに時間はかかると思いますが、
私たちは一歩一歩、主とともに前に希望をもって歩んでいきます。
今後も、どうぞよろしくお願いいたします。

いのちと死、喜びと悲しみ、いろいろな心の波がありますが、
神様のなさることは、本当に時にかなって美しく、
奇しくも2月22日は私の洗礼記念日でもありました。
私たちを導かれる神様は本当に慈しみ深く憐れみ深いお方です。
私たちの主の御名を心からほめたたえます。

わたしは、よみがえりです。いのちです。
わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。ヨハネ11:25

Comment:0  Trackback:0
2017
08.26

トーマス教会 (ドイツ・ライプツィヒ)

Category: キリスト教
5890.jpg

今年はルターの宗教改革500年記念の年。ルターと、そしてバッハにもゆかりのあるこの地に来ることができてとても感慨深く、バッハが晩年に長く音楽監督を務めていたトーマス教会で礼拝捧げることができて感謝が溢れました。

バッハは生まれた時からルターの讃美歌や教えの中で育っていたけれど、生まれながらに信仰を持っていた人などいなくて、バッハも、自分の信仰が自動的に、当たり前にあるものでなく、神と出会い、自分が与えられている良きもの、音楽をもって神に仕える一生を歩んだ人でした。同じ時代を生きる人との出会いも特別なもので、バッハにとってはブクステフーデという音楽家(1637頃ー1707)が、信仰的にも、音楽的にも転機となる大きな出会いだったのだと思う。

楽譜の初めにはJ.J(イエスよ、救い給え)と書き記し、曲の終わりにはS.D.G(ただ神に栄光あれ)と記したバッハ。自分の力でなく、神に助けを求めて音楽を紡ぎ始め、ただ神に栄光を捧げることを心に刻んで音楽を閉じる。
毎日の営みがこんな風に生きられたら、と思います。。。

バッハはこのライプツィヒで晩年を過ごし、トーマス教会の音楽監督として、芸術的に、かつ共同体にも共感する賛美と礼拝を目指しました。でも政治と権力のうずの中で、葛藤しながら、自分自身がどう歩むべきなのか、聖書を熱心に読み返し、神様からの答えを求めていきます。バッハが用いた聖書にはいっぱいの書き込みがしてあります。

バッハは一生で1000曲以上の作品を生み出した超職人タイプの音楽家でしたが(依頼人の必要に応えるように仕事をするタイプで、ちなみにベートーヴェンは138曲で自分の思うように力を注いで作曲していったタイプ)、最晩年に作曲したフーガの技法やロ短調ミサは、依頼を受けたからでなく、バッハは、自分の求めとして作曲している。特にロ短調ミサは、ルター派の礼拝のためというわけでもなく、カトリック典礼音楽から受け継いでいる信仰の音楽を取り入れる部分もあり、「見えざる教会(普遍的教会)」イエスキリストに繋がる一つの教会を見て、バッハが神に喜ばれる捧げる賛美と礼拝を求め続けた作品なのだと思う。

4160.jpg

そんなことを考えながら、トーマス教会での賛美礼拝を備えていきました。このことは私にとって大きな学びとなり、大きな恵みとなりました。また、夫の伸之さんがルターが説教した講壇に立ちメッセージを語り、バッハが仕えたところで賛美の奉仕をさせて頂けたことは大切な経験となりました。神様、ありがとう。
(そして、ミュンヘンの日本語教会の方達、その他にも多くの方が沢山の備えをして下さいました、感謝します。)

トーマス1

これも主が与えて下さったひとつの経験。
扉が開くとそこにひとつの部屋がある、その部屋での宿題が終わると、次の扉が見えてくる。扉が開くまでは次の部屋が見えないから、予測できない。でも、開いたら、必ず次のステージが待っている。この時代に与えられている出会いを大切にして、一歩、一歩、ていねいに歩こう。

5882.jpg

Comment:0  Trackback:0
2016
11.12

風を待つ

Category: 聖書と音楽

1.jpg

ドイツ・モンバッハタールに行ってきました。
欧州の教会に仕える牧師達が集まるひととき、リラックスした雰囲気の中、心開かれ、笑いと涙、心近づけられる時となりました。

日本から来られたゴスペルシンガーの“神山みさ”さんが、歌いながらご自身のことを話してくださり、それはとても心に響きました。彼女はロンドンの日本語教会(London JCF)に半年間集われていた方だったんですね。

牧師の娘として育ち、自然が大好きな彼女は幼い頃から、森、木々、風、鳥、川、、大自然を見ては、その創造主である神様の存在を大きく感じていたけれど、ある時、歴史上の人物であるイエス・キリストが自分の救い主なのか、わからなくなった。本当に信じているのか、信じてよいのか?と思うようになった時のことを話してくれました。答えを求めて求めて、祈って祈って、、、彼女はロンドンから日本に帰る直前に、神様は語って下さいました。

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブル12:2)」


彼女は、それが自分への答えであることを悟り、答えて下さる神の愛に涙が止まらなかったその時のことを話してくれました。

2.jpg

自然を見ながら、神様の声に耳を澄ます“神山みさ”さん。
「鷲を見ていると、鷲は自分の力、羽ばたきで飛ぶのでなく、風を待っている。風が下から吹いて来たときに、ただ翼を大きく広げて風に乗る。そうすると鷲は高く舞い上がる。風がやむときは無理して飛ぼうとせず、風のおもむくままに委ね下へ舞い降りて休む。そして次の風を待つ。それを見たら、それでいいんだ、と思って楽になった。」

みささんの歌声とお話しを聞いていたら、とても心が潤されました。ありがとう。

「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は計り知れない。疲れた者には活気を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザヤ40:28-31)」

Isaiah 40:28-31
Have you not known?Have you not heard?The everlasting God, the Lord,The Creator of the ends of the earth,Neither faints nor is weary.His understanding is unsearchable.
He gives power to the weak,And to those who have no might He increases strength.
Even the youths shall faint and be weary,And the young men shall utterly fall,
But those who wait on the LordShall renew their strength;They shall mount up with wings like eagles,They shall run and not be weary,They shall walk and not faint.




Comment:0  Trackback:0
2016
10.01

コビが教えてくれたこと

Category: 暮らし
maricobi.jpg

これは、今夏、帰国した時に最後にコビと一緒に撮った写真。
最終日に夫の実家から成田空港へ向かおうとバタバタして玄関を出ようとした時のこと、
「ニャオウー!!」と、奥の部屋から大きな声で呼び止められた。
「まちなさーい、こっち戻りなさいー!!あいさつはー??」って言われてるみたいだった。

「あっ!ごめん。コビ」 すぐにコビのところへ戻り、
「そうだよね、ごめんね。ありがとうね。」と言って撫でて
「一緒に写真撮ろうか」と数枚の写真を撮った。

コビを置いてイタリアに行ってから、こんな風に呼び止められたことはなかったから、
なんだか心に残って、もしかして、最後の挨拶になるかもしれないな、と思っていた。
コビはわかっていたのかな。

約20年前、
コビは私達が結婚して間もない頃、我が家に通う野良猫だった。
本当に人なつこくて、だから、一目見て「コビ」と名付けた。
ある日、我が家に泊まりその夜に子猫を4匹産んだコビ。その日からコビを飼いはじめた。

コビと一緒に過ごした時間。
私がイタリアに行ってから、コビが伸之さんと過ごし支えてくれた時間。
私達夫婦がイタリアに行ってから、夫の実家がコビを受け入れてくれた。
日本に帰国してコビに会いに行くと、それでも、膝に乗ってゴロゴロしてくれたコビ。
ある時から耳が聞こえなくなった。
夫の実家、夫の姉ファミリーに愛されて、共に過ごした時間。
私達の人生をそばでずっと見ていたコビ。
伸之さんの日本滞在を待つように、選ぶように、最後のときを迎えました。

いのちは本当に尊くて、コビが最後まで生きようとしていた力に感動した。
力のもとは、やっぱり、愛だね、愛。コビ。

結婚して間もない私達のところに来てくれたのに、色々な選択の中、
その時はもうそうするしかないとコビを置いてきたことに申し訳ない気持ちと、
コビを受け入れて、愛してくれた夫の実家に感謝する気持ちと、
家族にはコビの最後を見るつらさと悲しさ、これからの寂しさを味あわせてしまう申し訳なさと、
自分が担うべきだったことを負わなかった自分を責める気持ちと、
それを覆うようにコビを包み愛してくれた家族への感謝。

「可愛い猫だったね。いつも、私にご飯ねだりに来てね、うん、飼えてよかった。」

声をつまらせながら、そう言ってくれた夫の母は優しい。
色々な思いが交錯する中、自分の弱さと罪深さをも、
今、過去をも思い出しながら、心探られているよ。

コビは皆にあたたかなものを残してくれた。

「あなたに与えられている人、委ねられているものを大切にしなさい。
夫、家族、あなたに与えられている繋がりを、ひとつひとつ大切にしなさい。
放っちゃいけないよ。ちゃんと愛して生きなさい。」

最後にコビ先生が私に教えてくれたことです。
ありがとう、コビ。


Comment:0  Trackback:0
back-to-top