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2016
11.12

風を待つ

Category: 聖書と音楽

1.jpg

ドイツ・モンバッハタールに行ってきました。
欧州の教会に仕える牧師達が集まるひととき、リラックスした雰囲気の中、心開かれ、笑いと涙、心近づけられる時となりました。

日本から来られたゴスペルシンガーの“神山みさ”さんが、歌いながらご自身のことを話してくださり、それはとても心に響きました。彼女はロンドンの日本語教会(London JCF)に半年間集われていた方だったんですね。

牧師の娘として育ち、自然が大好きな彼女は幼い頃から、森、木々、風、鳥、川、、大自然を見ては、その創造主である神様の存在を大きく感じていたけれど、ある時、歴史上の人物であるイエス・キリストが自分の救い主なのか、わからなくなった。本当に信じているのか、信じてよいのか?と思うようになった時のことを話してくれました。答えを求めて求めて、祈って祈って、、、彼女はロンドンから日本に帰る直前に、神様は語って下さいました。

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブル12:2)」


彼女は、それが自分への答えであることを悟り、答えて下さる神の愛に涙が止まらなかったその時のことを話してくれました。

2.jpg

自然を見ながら、神様の声に耳を澄ます“神山みさ”さん。
「鷲を見ていると、鷲は自分の力、羽ばたきで飛ぶのでなく、風を待っている。風が下から吹いて来たときに、ただ翼を大きく広げて風に乗る。そうすると鷲は高く舞い上がる。風がやむときは無理して飛ぼうとせず、風のおもむくままに委ね下へ舞い降りて休む。そして次の風を待つ。それを見たら、それでいいんだ、と思って楽になった。」

みささんの歌声とお話しを聞いていたら、とても心が潤されました。ありがとう。

「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は計り知れない。疲れた者には活気を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザヤ40:28-31)」

Isaiah 40:28-31
Have you not known?Have you not heard?The everlasting God, the Lord,The Creator of the ends of the earth,Neither faints nor is weary.His understanding is unsearchable.
He gives power to the weak,And to those who have no might He increases strength.
Even the youths shall faint and be weary,And the young men shall utterly fall,
But those who wait on the LordShall renew their strength;They shall mount up with wings like eagles,They shall run and not be weary,They shall walk and not faint.




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2014
09.23

グローリア

Category: 聖書と音楽
久しぶりにバロックオーケストラ≪ラ・リソナンツァ≫に加わらせて頂き演奏してきました。
プログラムは、ヘンデルのカンタータ、コレッリのコンチェルト・グロッソ、そしてヴィヴァルティのグローリア。

コーラスは≪コスタンツォ・ポルタ≫。
グローリアではコーラスと一つとなって、神様に捧げる気持ちをもって演奏しました。

ヴィヴァルディのグローリアは、イタリアではよく演奏されます。
歌詞は、カトリックのミサ典礼文(通常文)となっていて
その言葉に音がつけられて神様をほめたたえる歌となります。

一文一文がひとつひとつの曲となり、ソリストやコーラスがそれらの曲を歌うとき、
言葉にふさわしく表現され、告白されて
さらに、会場は残響の多い教会だったこともあり、神様をほめたたえるこの歌詞と音楽が
本当に美しく響き渡りました。

グローリア2

Gloria in excelsis deo.
いと高きところの神の栄光。

Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.
それは、地に平和をもたらし、人に良き行いをもたらす。

Laudamus te. Benedicimus te. Adoramus te. Glorificamus te.
主を讃え、主を誉めよ。主を畏れ、主を崇めよ。

Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam.
主の大いなる栄光のもとに感謝し捧げ。

Domine deus, rex caelestis, deus pater omnipotens.
主なる神、天上の王、全能の父なる神。

Domine fili unigenite, Jesu Christe.
主なるひとり子、イエス・キリスト。

Domine deus, agnus dei, filius patris.
主なる神、神の仔羊、父の御子。

Quitollis peccata mundi, miserere nobis.
この世の罪を取り除き給いしもの、我らを憐れみたまえ。

Quitollis peccata mundi, suscipe deprecationem nostram.
この世の罪を取り除き給いしもの、我らの願いを聞き入れたまえ。

Qui sedes ad dexteram patris, miserere nobis.
父の右に座し給うもの、我らを憐れみたまえ。

Quoniam tu solus sanctus, Tu solus dominus.
あなたこそが聖なるもの、あなたこそが主。

Tu solus altissimus, Jesu Christe.
あなたこそが崇高なるもの、イエス・キリスト。

Cum Sancto spritu, in gloria dei patris, Amen.
聖霊とともに、父なる神の栄光のもとに。アーメン。


何かの手違いで楽器のトラブルもありましたが、
良くないシチュエーションの中で最善を尽くす、、、師であり、指揮者のボニッツォーニ氏の姿勢を
垣間見て、学ばされました。

仕事を通して音楽家の友人達と、このように一緒に演奏しながら過ごす時が与えられて
関係を続けて行けることは、感謝だなぁ。と思います。
人生の中には色々な時期があって、良いときも悪いときもあることを共に知り、
気にしあうことができるのは、そろそろこの年になると、宝のように思えるようになりました。
そして日本人の音楽家のお友達もオーケストラに2人入っていて
リハーサルの時から、また旅も楽しく過ごすことができて、本当に感謝でした。

グローリア3

場所はリミニという海辺の町。
ちょっとした時間を見つけて、皆で浜辺の散歩。
海の町は風が穏やかで、癒されます。

グローリア

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2014
03.12

洗礼者ヨハネの荒野(ユダの荒野)

Category: 聖書と音楽
バプテスマのヨハネの荒野

2月9日 洗礼者ヨハネの荒野へ

荒野をみるとき、3年前の東日本大震災の被災地が思い起こされ重なります。

ここは新約聖書に出てくる洗礼者ヨハネが人々に洗礼を授けていたヨルダン川沿いの荒野、
ここが、洗礼者ヨハネが「主の道をまっすぐにせよ。」と叫んでいた荒野。

ヨハネの福音書1:23
彼は言った。「私は、預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ。』と荒野で叫んでいる者の声です。」


旧約聖書のイザヤ書に、荒野で叫ぶ者について預言されています。(イザヤ40:3)

イザヤ40:1-5
「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。
「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」
荒野に呼ばわる者の声がする。
「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。このようにして、主の栄光が現わされると、すべての者が共にこれを見る。主の口が語られたからだ。」


そして上の聖句は、ヘンデル≪メサイヤ≫のまさに冒頭に語られ、歌われることばでもあります。
(シンフォニアを除く第1~3曲目)

そして、洗礼者ヨハネはイエスキリストを初めて見た時に『見よ、世の罪を取り除く神の子羊。…』と指し示しました。(第2部1曲目)

ヨハネ1:29
その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。…」


紀元前8世紀頃に書かれた預言書イザヤ書のとおり、紀元1世紀に洗礼者ヨハネが荒野に現れ、イエスキリストが現れ、その預言は成就されている。神の慈しみと憐れみ、人々の罪からの救いと回復、癒しの計画とそのプロセスは歴史に確かに刻まれている。18世紀には、信仰者ヘンデルが神から頂いた音楽の賜物をもって、メサイヤ(救世主キリストのこと)を伝えるために冒頭に語ったのが、この荒野でのできごと。そんなことを考えていると、、、心がいっぱいになってゆきます。

バプテスマのヨハネの荒野1

3月11日。
3年たっても、まだ解決しない問題がたくさん残る日本の状況、被災地、被災者の方々を思うとやるせない気持ちになるけれど主の道が整えられ、回復し、いつしか主の栄光が表されるように回復の神様を仰ぎます。
>メサイヤのアリア(ブログ2011年5月5日)とともに。
I Know That My Redeemer Liveth!  George Frederick Handel's "Messiah".

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2014
02.26

エンカレム “マニフィカト”の地

Category: 聖書と音楽
ユダの山地
2014年2月7日 ユダの山地 エンカレムへ 「マニフィカト(マリアの賛歌)」の地。
 
ナザレで天使ガブリエルより受胎告知を受けたマリアは、急いでユダの山地にある叔母エリザベツの町に向かいました。このような山道をラクダ(ロバかな)に乗って旅したのかな。当時マリアは13歳~15歳だったとのこと。ナザレから歩いたら4日間ほどかかる旅。一人ではなかったはず。きっとお連れの人がいたのだという。ともあれ、道中、きっと様々な思いを巡らせたんだろうな。。。(ルカ1:39)

エンカレム

マリアがこの町エンカレムに到着すると、なんと不妊だったエリサベツも身ごもっていました。
マリアの挨拶の声を聞くと、その子(後の洗礼者ヨハネ)は胎内でおどりエリサベツは聖霊に満たされました。(ルカ1:40-41)

magnificato.jpg

エリサベツはマリアに主の祝福を伝え、マリアは昔から伝えられてきた預言が自分の身に起こったことを悟り、ここで神を恐れかしこみ喜びに心震わせ賛美をささげました。
それが、マニフィカト(マリアの賛歌)、小さき者に目を留め用いられる神をほめたたえる歌です。たくさんの音楽家がこの「マニフィカト」の歌を作曲しています。バッハもモンテヴェルディも、、、オルガン曲もたくさん。46か国語でそのマニフィカトが刻まれています。(日本語は上の写真)(ルカ1:46-55“マニフィカト/マリアの賛歌”)

「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。
ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。

力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。
その御名は聖く、そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。
主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし 権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。

主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。
私たちの先祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」(ルカ1:46-55)


エンカレム1

心に刻む「マニフィカト」の地に来れたのは私にとって記念すべきことで、涙が溢れました。
〝アブラハム、イサク、ヤコブの神様、わが主イエス様を通してこの地に来ました。
心から感謝し主をあがめます!″
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2014
02.26

ベツレヘム

Category: 聖書と音楽
ベツレヘム①
2014年2月7日
この丘の向こうに見えるのはベツレヘム。
イエスが生まれた町であり、聖書の詩篇の多くを書きたて琴の名手ダビデ王が生まれた町。
ダビデは幼い頃にこの丘で羊飼いをしていたんだ。

その後、イエスが生まれた時に初めにそのお知らせを天使(主の使い)から聞いたのは、
この土地の羊飼いだった。そして、たくさんの天使が神を賛美した。

「Glória in excélsis Deo et in terra pax homínibus bonae voluntátis.」(ルカ2:14)

なんと多くの音楽家たちが(バッハもヴィヴァルディ、ヘンデルも、、、)この聖書の御言葉を信じて、感動して情景を想像しただろう。そして、その天使の賛美に思いを馳せ、伝えたくて音を紡ぎだしていったことか。それがこの土地。

ルカ2:9-15
さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。
「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」

ベツレヘム 3

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