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2014
04.30

メギドの丘

Category: イスラエル
2月11日
メギドの丘へ

びっくりするほど、記憶がないのです。
イスラエル旅行5日目、訪れる全ての土地そのものにメッセージがあり、私の頭は満タン。。。
どんなに大切なこと、興味のあることも、もう、これ以上の新しい情報は入りません!
どうやら、頭が悲鳴を上げ始めました。

それと、今の自分がわかるのは、
この土地のメッセージにまだ私の目がふさがれている、ということ。
将来のことにも、まだ目がふさがれている。
早く目を覚まさなくちゃ。
目が開かれるときを待ちつつ、学ばなくてはならないのだ。

今は写真とわずかなる記憶保持のため記します。

このメギドは戦争の歴史を持つ場所(旧約聖書)であり、
いつの日か、最終戦争が行われると言われているところ。(新約聖書:ヨハネの黙示録)
ハルマゲドン → ハル(丘)メギド

メギド1

遺跡の入り口

メギド2

城門(いくつもの時代にわたって石が積み重ねられている)

メギド3

多くの遺跡が何層にもわたって重なっている。(遠くに見えるのはイズレエル平原)

メギド4

イズレエル平原

メギド5

中心にあるのはカナン時代の祭壇(偶像礼拝をおこなうのに使われていた)

メギド6

大きな穀物倉庫

メギド7

馬小屋のあったところ(飼い葉おけ)

メギド8

メギド9

地下水道(岩の中に泉があり、城壁のそとに水をため水源を隠し、敵に見つからないよう地下に横穴をほって地下道を通って水を汲みに行く。)

終末のことをもっと知らなければいけない。

(ヨハネの黙示録16:12-16)
第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。
また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。
彼らはしるしを行なう悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。
――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物をつけ、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。――
こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。

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2014
04.23

ナザレ

Category: イスラエル
ナザレの崖

2月11日
ナザレへ

イエス・キリストが育った田舎町ナザレ。イエスは『ナザレのイエス』とよばれた。
ここでイエスは30歳まで住み、その後、カペナウムへ移られ宣教を開始した。

イエスはその後、故郷のナザレを訪ね、会堂で聖書を開き教えを説くが、故郷では歓迎されずに、
故郷の人々はイエスを町の外にある崖に連れて行き、崖から投げ落とそうとした。(上の写真はその崖。)

ルカ4:16
それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。

ルカ4:24
また、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。預言者はだれでも、自分の郷里では歓迎されません。

ルカ4:29
立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。


自分が育った故郷で、歓迎されないって、つらいなぁ、、と思う。

ナザレ シクラメン

ここはイエスが子供の頃から育っていった時に歩いていた場所なんだな、と思うとそれも灌漑深く、
お花を見つけては、イエスの時代もこんな小さなシクラメン咲いていたかな。イエスさまも見たかな。とか思ったりして。

そして、イエスは人々に話す時に、近くにあるものを指さしながら、たとえ話などされたようです。
『種まきのたとえ』というのがありますが、

ルカ8:4-15
さて、大ぜいの人の群れが集まり、また方々の町からも人々がみもとにやって来たので、イエスはたとえを用いて話された。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。


ナザレ 荒れ地

また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。(こんな岩のところ、指さしながらお話しされたかな。)

ナザレ いばら

また、別の種はいばらの真中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。(下にいばらが生えているところ。)

また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれた。
さて、弟子たちは、このたとえがどんな意味かをイエスに尋ねた。
そこでイエスは言われた。「あなたがたに、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には、たとえで話します。彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。
このたとえの意味はこうです。種は神のことばです。
道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、あとから悪魔が来て、彼らが信じて救われることのないように、その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。
岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。
いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が熟するまでにならないのです。
しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。


イエスさまは、歩きながら、散歩しながら、お話しされたりもしたのかな。


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2014
04.23

復活の主日 (復活祭・イースター)

Category: イスラエル
207園の墓1

『ここにはおられません。よみがえられたのです!』(ルカ24:6)
Happy Easter !! Buona Pasqua !!!!
復活の主日をお祝いします!!

ルカ24:1-12
週の初めの日の明け方早く、女たちは、準備しておいた香料を持って墓に着いた。
見ると、石が墓からわきにころがしてあった


復活

はいって見ると、主イエスのからだはなかった。
そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。
恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。


復活1

ここにはおられません。よみがえられたのです。
まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。
人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」
女たちはイエスのみことばを思い出した。
そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。
この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤとであった。彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。
ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、彼らは女たちを信用しなかった。
〔しかしペテロは、立ち上がると走って墓へ行き、かがんでのぞき込んだところ、亜麻布だけがあった。それで、この出来事に驚いて家に帰った。〕


※写真はイスラエルの『園の墓』
(紀元1世紀の典型的な墓)
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2014
04.20

聖金曜日(受難週)

Category: イスラエル
via dolorosa

ヴィア ドロローサ(悲しみの道)
イエスが十字架を背負って歩いた道。

venerdi santo 1

十字架を背負い、ゴルゴダの丘まで歩まれたイエスキリスト。

via dolorosa 2

口をひらかずに、ただ、黙っていたイエスキリスト。

イザヤ(53:7-12)
彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。
しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。
彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。
しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。


エルグレコ

苦しみを負ったのに満足したイエスキリスト。
エル・グレコの『十字架を抱くキリスト』は、このように満足している顔をしている。
平安な顔をしている。

彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。
それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。


十字架の向こうに、私達の救い、いのちを見ておられた。
罪はなかったのに、私達の罪を負うために身代わりとなって
自ら十字架を背負い、ゴルゴダの丘まで登り、十字架の上で息を引き取られた。

十字架からおろされたイエスの岩

十字架上で息をひきとられ、十字架から降ろされた後、この石のうえにイエスは横たえられた、と言われている石。

十字架からおろされた岩2

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2014
04.19

聖木曜日 『最後の晩餐の日』 (受難週)

Category: イスラエル
最後の晩餐

最後の晩餐の日

十字架に架かる前の最後の晩、イエス様は愛する弟子達とともに過ごし、夕食を共にされました。
最後の晩餐は、受難週の木曜日の夜のことです。イタリアではGiovedi santo と言います。
(上記写真はレオナルド・ダ・ビンチによる『最後の晩餐』:ミラノSanta Maria delle Grazie教会=Wikipediaより=)

もしも、明日死ぬとわかっていたら、私は、誰とどのように過ごすでしょう。

この夜、イエスは、弟子達と一緒に過ごし夕食を共にして、この世を去る前に、大切なことを伝え尽くします。聖書には、愛を残ることなく示された、と書いてあります。

『私があなた方を愛したように、あなたがたは互いに愛し合いなさい。』
『私にとどまりなさい。わたしはぶどうの木、あなた方は枝です。』
天に昇られた後、助け主、聖霊がくることを弟子達に語り
『恐れてはなりません。』と平安を残します。
この世の終わりにキリストが再び来られるときまでのことをも伝えきります。
『この天地は滅び去ります。しかし、わたしの言葉は決して滅びることがありません。目をさましていなさい。』

オリーブ山

最後の晩餐を過ごされたイエスと弟子達は、賛美しながらオリーブ山へ出かけてゆきます。
オリーブ山は、イエスがいつも弟子達と来られ、またあるときは一人で来られ静まり、祈っておられたところ。

ゲツセマネの園2

今のゲツセマネの園。1000年以上前のオリーブの老木があります。

ゲツセマネの園3

このような岩場でイエスは祈られていました。

その日もいつものとおり、オリーブ山の麓、ゲツセマネの園に来られ、
(ルカ22:40-48)
イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われました。


ゲツセマネの園4

この岩は、イエスが最後の晩に祈られていた岩と言われて、そこが祭壇となる教会(『苦悶の教会』〝万国民の教会”)が建てられています

そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。


ゲツセマネの園5

「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」
すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。
イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。
イエスは祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに来て見ると、彼らは悲しみの果てに、眠り込んでしまっていた。
それで、彼らに言われた。「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい。」

イエスがまだ話をしておられるとき、群衆がやって来た。十二弟子のひとりで、ユダという者が、先頭に立っていた。ユダはイエスに口づけしようとして、みもとに近づいた。
だが、イエスは彼に、「ユダ。口づけで、人の子を裏切ろうとするのか。」と言われた。


ユダの裏切りにより、イエスは、祭司長、律法学者達に捕えられます。

石段1

このような石段の道を上り大祭司カヤパ官邸に連れていかれました。

気になったペテロとヨハネは、大胆にもその中庭に入り、炭火のところで人々と暖まっていました。

ペテロと鶏 (2)

そこでペテロは、『あなたもあの人、イエスの弟子ではないでしょうね。あなたも彼の仲間だ、一緒にいるところを見た。』と3度問われます。

ペテロと鶏 (1)

ペテロはなんと答えたでしょう。3度とも、『いや、違う。そんな者ではない。』と否定します。
すると同時に鶏が鳴きました。
他の者が主を裏切ったとしても、私はついていきます。と言っていたペテロが、自分の命を守るためにイエスを知らないと言います。イエスはそれを見ておられます。

ルカ22:61
主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは『今日、鶏が鳴くまでに、あなたは、3度わたしを知らないと言う。』と言われた主のおことばを思い出した。彼は外に出て、激しくないた。


もし、私がその中庭にいたら、捕えられたイエスの仲間だ、と言われたら、堂々と、『私はイエスを信じる者です。』と言えたかな、と思う。今も、どんな人に聞かれても、不都合に思える状況にあっても、いつも、自分はキリストを信じる者です。と臆せずに言えるだろうか。

イエスさまは見ておられる。憐みの目をもって、私達を見つめている。

地下牢1

イエスはカヤパ官邸の地下牢に入れられ、最後の一晩を過ごします。この地下牢がその場所だったと言われているところ。

地下牢2

地下牢3

地下牢は天井にしか穴がなく、牢に入れられる者はあの穴から吊り下げられる。決して自分で出ることはできない牢屋。

石段3

夜が明けると、祭司長達は、イエスを縛り上げ、石段を歩き、裁判のためピラト総督官邸に連れていきます。
そこでは『十字架につけよ!』と叫ぶ群衆の声が響きます。
イエスに罪がないことを知りながら、群衆をおさめる為、群衆のきげんをとるため
ピラトは、イエスをむち打ってから、十字架につけるために兵士たちに引き渡しました。

石床1

この石床は2000年前のもので、ここで兵士たちが王様ゲームをし、イエスをあざ笑ったところと言われています。

石床2


冷たい石床です。

(マタイ27:27-31)
それから、総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの回りに全部隊を集めた。
そして、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。
それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」
また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。
こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。

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2014
04.13

棕櫚の主日 (受難週)

Category: イスラエル
十字架

今日は棕櫚の主日、受難週が始まる日です。

イエスキリストが十字架に向かうため、都エルサレムに入城されたことを記念する主日です。
それは、まさにユダヤ人のお祭り『過越しの祭り』を迎えるときでした。

ヨハネ12:12-13
その翌日、祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。
「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」


イエスキリストはどのようにエルサレムに入城されたのでしょう。
どのような姿で、どのように迎えられ、どのような心で入城されたのでしょう。
イエスの生涯のなか、どのような時期にあったでしょうか。

イエスは、ガリラヤ湖周辺で弟子と充分な時間を一緒に過ごし、弟子訓練も終盤に差し掛かり、ついにペテロが信仰告白をした後の時のことです。ペテロの信仰告白後、イエスはご自身が捕えられ死刑に定められ十字架にかかること、3日後によみがえることを弟子達に伝え始めました。

弟子達はそのことをどのように理解していたでしょうか。

イエスは弟子達と過ごしながら人々を教え、目の見えない人、足の悪い人を癒し、奇跡をおこない、ちまたでは有名人となっていました、あの人こそがローマの支配から解放してくれる救い主ではないかと、王ではないかと民衆は期待して人々の噂になっていたことも想像できるでしょう。そんなスーパースターのようなイエスを師匠とする弟子達は、そのことを誇りにも思って、さらに弟子の中で誰が偉いのか、という論議をする始末でした。

オリーブ山

イエスがよく休まれたところ、弟子達と過ごされたオリーブ山。イエスはこの山のふもとに下りエルサレムに入城していきます。

ライオン門(羊門)

城壁に囲まれたエルサレム、オリーブ山のふもとにはエルサレムに入るためのライオン門(別名・羊門)があります。屠られる神の子羊、イエスキリストが入っていった門として語り継がれています。

マタイ21:1-17
それから、彼らはエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来た。そのとき、イエスは、弟子をふたり使いに出して、言われた。
「向こうの村へ行きなさい。そうするとすぐに、ろばがつながれていて、いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです。』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」
これは、預言者を通して言われた事が成就するために起こったのである。
「シオンの娘に伝えなさい。『見よ。あなたの王が、あなたのところにお見えになる。柔和で、ろばの背に乗って、それも、荷物を運ぶろばの子に乗って。』」
そこで、弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにした。
そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、群衆のうち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた。
そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。
「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」
こうして、イエスがエルサレムにはいられると、都中がこぞって騒ぎ立ち、
「この方は、どういう方なのか。」と言った。
群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ。」と言った。それから、イエスは宮にはいって、宮の中で売り買いする者たちをみな追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。そして彼らに言われた。
「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる。』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。」
また、宮の中で、盲人や足なえがみもとに来たので、イエスは彼らをいやされた。ところが、祭司長、律法学者たちは、イエスのなさった驚くべきいろいろのことを見、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ。」と言って叫んでいるのを見て腹を立てた。
そしてイエスに言った。「あなたは、子どもたちが何と言っているか、お聞きですか。」
イエスは言われた。「聞いています。『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された。』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」
イエスは彼らをあとに残し、都を出てベタニヤに行き、そこに泊まられた。


エルサレムに入城するイエスを見て、大歓喜しイエスキリストをほめたたえる民衆、弟子達。
自分達の上着を敷物とし、棕櫚を道に敷き、イエスの通る道を作り、大騒ぎする人々。
そんな中、宮(神殿内)で物の売り買いをする者達を追い出し、怒りをあらわにされるイエス。
私の家、祈りの家が強盗の巣になっているといって宮を清めるイエス。
そのようにごった返しているようにも思える宮の中で弱い者に憐みを示し、いやされるイエス。
子供を尊ぶイエス。
民衆と子供までもがイエスをほめたたえるのをみた祭司長達が腹を立てて、イエスに殺意を覚えていること。

イエスの心はどうだったのだろう。

ルカ19:41-48
エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。
「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」
宮にはいられたイエスは、商売人たちを追い出し始め、こう言われた。
「『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にした。」
イエスは毎日、宮で教えておられた。祭司長、律法学者、民のおもだった者たちは、イエスを殺そうとねらっていたが、どうしてよいかわからなかった。民衆がみな、熱心にイエスの話に耳を傾けていたからである。


アア、エルサレム

オリーブ山の中腹にある『涙の教会』から見たエルサレム。
イエスがここから都エルサレムを見て泣いた。と言われている場所に建てられた教会。

AD70年にエルサレムがローマ軍によって陥落されることを、すでにイエスはここで見て、涙を流された。平和の君であるイエスを受け入れずにエルサレムから吐き出されたイスラエル人を思い、涙された。

様々な立場にある人々の感情、思惑が混沌として見えるこのイエスキリストのエルサレム入城。

私自身はどの心をもつ者なのだろう。
群集心理に流され民衆の心になりうる自分、
祭司長達の心にもなりうる自分、
弟子達のように色々な心をもちつつも、裏切る経過を経ても、主にゆるされ、イエスと共に居続けることを選択しつづけてゆく自分。

今日から受難週。
十字架に向かうイエスキリストから目を離さず、今の自分の心に問われること、重ね合わせてゆくこと、刻まれることを受け取っていく1週間にしたいと思う。
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2014
04.13

ピリポ・カイザリア(バニアス)

Category: イスラエル
banias5[1]

2月10日 ピリポ・カイザリアへ

ここは現在『バニアス』と呼ばれる地。その名前はパニアス、またはパネイオン(パンの神)に由来している。ヨルダン川の4水源の一つで、泉の洞窟にはヘレニズム時代からパネイオン(パンの神)の聖所だった所。ここは自然神パンの偶像礼拝が長い間行われていた場所。

イエスキリストはガリラヤ湖周辺を弟子達と一緒に過ごしながら、教えを説いてきた。そして、その弟子訓練終盤となるこの時に、この異邦人の町、異教の地ピリポ・カイザリアで、この切り立つ大きな岩の前で、ペテロは『あなたは、生ける神の御子キリストです。』と信仰告白に至りました。

マタイ16:13-16
さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。
「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」


ピリポカイザリア

そして、その後イエスキリストは、シモンをペテロ(岩)と名付け、岩の上に教会を建てます。と教会の鍵をペテロに託します。ハデスの門もそれには打ち勝てません。と言っています。上の写真にある大きな穴は『ハデスの門(地獄門・死の門)』と呼ばれている穴で、この穴を指しながら、イエスキリストは語られたと言われています。

マタイ16:18-19
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」


ペテロの信仰告白は、弟子達を代表する告白でもあり、イエスキリストが何者であるかを弟子達が知った、信じた大事な出来事でした。実際、ペテロは後に3つの教会を開くこととなります。(ユダヤ人の教会/ペンテコステ、サマリヤ人の教会、異邦人の教会/カイザリヤ、ピリポの家にて)
それからイエスは、初めて、ご自身がエルサレムで祭司長達にとらえられ、殺され、三日目によみがえることを弟子達に話し始めました。ここからイエスは十字架へ向かい始めます。

マタイ16:20-21
そのとき、イエスは、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と弟子たちを戒められた。その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

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2014
04.12

テル・ダン

Category: イスラエル
ダン3
2月10日 テル・ダンへ

ダンは、イスラエルの最北端にある町。
旧約聖書にある『ダンからベエル・シェバまで』という記述は、イスラエル北から南、全土を示していて、日本でいうと『北海道から沖縄まで』という言い方と同じだそうです。

ダン2

この地方は国立森林公園となっていて、自然と水がとても豊か!
『ゴウゴウ』と水の流れる音に引き寄せられるように公園の奥へグングンと歩いてゆきました。この水はヘルモン山の雪解け水でガリラヤ湖へ流れこみます。勢いある清流の音と流れが印象的でした。

ダン5

この遺跡はソロモン王の時代のもの。
この公園の奥には、ヤロブアムが造った2つの金の子牛の像のうちの一つを据えた祭壇跡があるとのこと。

列王記Ⅰ12:28-30
そこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」
それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。
このことは罪となった。民はこの一つを礼拝するためダンにまで行った。


ダン

団長の中川健一氏とツアーのみなさん。
ダン森林公園は予定外のルートで、団長の判断で行けることとなりました。
イスラエル北部はレバノンと接しており、緊張感のある地域。レバノン南部からイスラエル北部にロケット弾攻撃があったこともあり、注意を要する地区とのこと。ツアーで旅をするとかなり守られていますが、実は絶えず情勢は動いていて、この地はいつも危険にさらされている所なのだということを肌で感じる時となりました。

外務省海外安全ホームページにも以下のように記されています。(4月12日現在有効記事)
・ レバノン国境地帯
 2006年の第二次レバノン紛争終了から数年が経過し、現在は、イスラエル北部にあるロシュハニクラやダン国立公園などの主要観光地に多くのイスラエル人、外国人が観光に訪れています。
 しかし、2013年8月及び11月にレバノン南部からイスラエル北部にロケット弾攻撃がありました。レバノン南部を事実上支配し、イスラエルを敵視するヒズボラは、イスラエルによって占領されているシェバ農場の返還を求めており、今後同農場を巡る紛争が発生する可能性があります。
 つきましては、同地域に渡航・滞在を予定されている方は、どのような目的であれ渡航を延期されるようお勧めします。


ダン4

ふわふわの中に種が・・・ちょっと不思議な植物発見。

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2014
04.08

カペナウム

Category: イスラエル
カペナウム1

2月10日 カペナウムへ

イエスが伝道の拠点とした街、カペナウム。
イエスが育ったナザレは田舎町だったから、イエスは活動の拠点を都会のカペナウムへ移して、ここで宣教を開始した。イエスがみとばを宣べ伝え、教えを説いた会堂。(この遺跡は紀元300年頃のもの、基礎部分(黒いところ)は1世紀イエスの時代の会堂跡)

ペテロ教会

この会堂のすぐそばには、ペテロの家があった。
写真は1世紀の漁師たちの家(ペテロの家)跡に建てられたビザンチン時代の教会跡の上に建てられた現代の教会。(とってもモダン!)。
聖書のなかにもペテロの家のことが記されている。ある時イエスは、ここで屋根の上からつりさげて運ばれてきた中風の人を癒した。

ペテロの家

教会に入ってみると、下の遺跡をのぞけるようになっていて、まるで屋根の上からペテロの家跡をみているような気分になりました。ここから中風の人がつり降ろされたんだなぁ。。。
(実際、見ている遺跡はビザンチン時代の教会跡。場所はペテロの家跡。)

マルコ(2:1-12)
数日たって、イエスがカペナウムにまた来られると、家におられることが知れ渡った。
それで多くの人が集まったため、戸口のところまですきまもないほどになった。この人たちに、イエスはみことばを話しておられた。
そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、みもとに連れて来られた。
群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。
イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。
ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。
「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」
彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。
中風の人に、『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。
すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない。」と言って神をあがめた。

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2014
04.05

ペテロ召命教会

Category: イスラエル
ペテロ教会4

2月10日ペテロ召命教会へ

ガリラヤ湖のほとり、北側です。
ここはイエスが漁師だったペテロを見て、声をかけたところです。
ペテロが初めてイエスと出会った場所。

マタイ4:18-20
イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。
イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」彼らはすぐに網を捨てて従った。


そして、ここは、イエスキリストが十字架に架かった後、3日後に復活し、イエスが弟子たちの前に現れたところでもあります。ペテロたちは、イエスが十字架で亡くなった後、もともとの仕事漁師に戻り、舟でガリラヤ湖へ漕ぎ出し漁をしていたのです。

召命教会2

この岩にイエスは立ち、『舟の右のほうに網をおろしなさい』といわれました。

召命教会3

↑こんな風に立ったかな。(笑)

そしてイエスが言ったように網をおろしてみると、網の中はおびただしいほどの魚。弟子たちは、その方がイエスであることを知りました。弟子たちが陸にあがると、イエスは朝食を準備されていました。そして、パンと魚を祝福され弟子達と分かち合われました。

ペテロ教会

その場所がこの岩の上だったと言われており、その岩がこの教会の祭壇となっています。

召命教会岩

しばしの間、その岩に触れて祈りを捧げました。

ペテロ教会1

鳥の鳴き声のする、自然光が美しい小さな教会です。

イエスは『ガリラヤでまた会いましょう』『ガリラヤに行っていなさい』と言われていました。
ここは復活後のイエスと弟子が再会されたガリラヤ湖のほとりです。
そして、イエスはここでペテロに3回『私を愛しますか?』と質問をし、『私の羊を飼いなさい。』と言われています。

ペテロ教会3

ペテロが召命を受けた場所に建てられた教会『ペテロ召命教会』

ペテロ召命教会 水

今もこの手にガリラヤ湖の水の記憶が残っています。

〈ヨハネの福音書21:1-14〉
この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現わされた。その現わされた次第はこうであった。
シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」
イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。
しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。
こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。
イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」
シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったけれども、網は破れなかった。
イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」弟子たちは主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか。」とあえて尋ねる者はいなかった。
イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、すでにこれで三度目である。

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