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2011
01.20

≪恐れる≫

Category: 未分類




今朝、メールを開いたらこんな言葉が、心に迫ってきました。

吉川直美牧師(シオンの群れ中野教会)から頂いた文章です。

心に残っているので、紹介させていただきます。



≪恐れる≫



愛の反対語は憎しみではない。

憎しみは屈折した愛だからだ。



憎しみすら感じない無関心こそ愛の反対語だという考え方もある。

しかし、それでは関心があれば愛が働くかというと、そうとも限らない。



愛の対極にあって、愛の働きを封じる力、それは恐れだ。

恐れこそ、自らを闇へ閉じこめ、人と人を限りなく隔ててしまう。

愛の完全な反対語だ。



恐れは誤解を生み、猜疑心を育て、

時に人を悪魔的存在にしてしまう。



かつて東西の冷戦を支配していたのは、恐れだった。

東の恐れがベルリンの壁を造り、西の恐れがベトナムで戦争を始める。

恐れは更なる恐れを招き、国内では相互監視システムだの

秘密警察だのといった抑圧と暴力を生み出し、

国外に向けては過剰な核ミサイルを配備して緊張が高まっていく。



しかし、人々が自らの恐れに打ち勝ち、連帯して自由を叫んだとき、

独裁は崩れ、壁が消え、冷戦は終わった。

それも、いともあっけなく。



戦うべき敵は東でも西でもなく、自分自身の恐れだったのだ。



外国の話ではない。

自分の現在が知らぬ間に恐れに支配されていることに

気づいているだろうか。



他人を恐れて自分らしさをなくし、変革を恐れて閉じこもる日々。

恐れによって生まれる過剰反応や、つまらない疑いと争いの数々。

いったいぼくらは何を恐れているのだろうか。



「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という。

夜道を歩いていて突然ふわりと揺れる影。

思わず「出た……」と叫んで腰を抜かし、しかしよくよく見ると、

風に揺られるすすきの穂でした、という意味だ。



すすきに罪はない。

人が自分で勝手に恐ろしげな幻影を作りだし、

自分で勝手におびえているのだから。



その恐れのために、どれほど自分を見失い、

どれほどの愛を失ってきたことだろう。



恐れずに人と向かい合いたい。

内なる国境の鉄条網を取り払って、歩きだしたい。



そうして初めて、一緒にいても遠かった人と出会えるのだ。



その出会いの喜びは、さらに恐れと戦う力を与えてくれる。

この世に克服できない恐れは一つもない。

すべての恐れは、自分で作っているものなのだから。



あなたの恐れが、あなたの孤独だ。



晴佐久昌英








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