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2014
03.17

ベテ シャン「父と子の回復」

Category: イスラエル
ベテシャン

2月9日 ベテ シャンへ

この町はデカポリス(ユダヤの中にあるギリシャ、ローマの異邦人の町)のひとつだった。
ローマの町もそうだけれど、「大衆にはパンとサーカス(見世物)を与えておけば、、、」というように、円形劇場があったのも特徴的。

209ベテ・シャンの円形劇場跡1

遺跡は10層からなり、時代によって偶像と思われるものも出土されていたり、教会跡も発掘されていて、混沌とした歴史、町であったのでしょう。

旧約聖書では、イスラエルの第一番目の王サウルが死んだあとに、ここの城壁に晒されたことが記されている。

(サムエルⅠ31:10-13)
彼らはサウルの武具をアシュタロテの宮に奉納し、彼の死体をベテ・シャンの城壁にさらした。
ヤベシュ・ギルアデの住民が、ペリシテ人のサウルに対するしうちを聞いたとき、
勇士たちはみな、立ち上がり、夜通し歩いて行って、サウルの死体と、その息子たちの死体とをベテ・シャンの城壁から取りはずし、これをヤベシュに運んで、そこで焼いた。
それから、その骨を取って、ヤベシュにある柳の木の下に葬り、七日間、断食した。


新約聖書では、イエスキリストが放蕩息子のたとえ話をしている箇所がある。
ある息子が父親に財産分与(生前贈与)を申し出、父親はそれに応じたので、息子は相続財産を得て遠い町に出て行くのだ。その「遠い町」というのは、まさに異邦人の町デカポリスのひとつであった。デカポリスで息子は女遊び、賭け事、等々、、、の放蕩をしつくし、全財産を失う。挙句の果て、異邦人の飼っている豚(ユダヤ人にとっては汚らわしいと言われている)の世話をするようになり、我に返り、故郷の父に謝ろう、、と父のもとに戻ってゆくときに、父がその息子を見つけ走り寄って息子を抱きしめ息子の帰りを祝うのだ。駆け寄ってゆく父の愛の大きさ・深さの中で父と息子の関係が回復されてゆくお話し。

このお話し、海外在住者にはよく心にしみる話なのだ。
そして、私も胸が苦しくなるお話しであり、でも、父の愛、父なる神の愛の大きさを知り、帰るべきところへ帰ることの幸せに気づかされるのだ。
『お帰り~!』という言葉は、どれほど温かい言葉かと。。。

(ルカ15:11-24)
またこう話された。「ある人に息子がふたりあった。
弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。
それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。
何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。
それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。
彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。
しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。
立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』
こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。
息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』
ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。
この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。

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