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2014
04.23

ナザレ

Category: イスラエル
ナザレの崖

2月11日
ナザレへ

イエス・キリストが育った田舎町ナザレ。イエスは『ナザレのイエス』とよばれた。
ここでイエスは30歳まで住み、その後、カペナウムへ移られ宣教を開始した。

イエスはその後、故郷のナザレを訪ね、会堂で聖書を開き教えを説くが、故郷では歓迎されずに、
故郷の人々はイエスを町の外にある崖に連れて行き、崖から投げ落とそうとした。(上の写真はその崖。)

ルカ4:16
それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。

ルカ4:24
また、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。預言者はだれでも、自分の郷里では歓迎されません。

ルカ4:29
立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。


自分が育った故郷で、歓迎されないって、つらいなぁ、、と思う。

ナザレ シクラメン

ここはイエスが子供の頃から育っていった時に歩いていた場所なんだな、と思うとそれも灌漑深く、
お花を見つけては、イエスの時代もこんな小さなシクラメン咲いていたかな。イエスさまも見たかな。とか思ったりして。

そして、イエスは人々に話す時に、近くにあるものを指さしながら、たとえ話などされたようです。
『種まきのたとえ』というのがありますが、

ルカ8:4-15
さて、大ぜいの人の群れが集まり、また方々の町からも人々がみもとにやって来たので、イエスはたとえを用いて話された。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。


ナザレ 荒れ地

また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。(こんな岩のところ、指さしながらお話しされたかな。)

ナザレ いばら

また、別の種はいばらの真中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。(下にいばらが生えているところ。)

また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれた。
さて、弟子たちは、このたとえがどんな意味かをイエスに尋ねた。
そこでイエスは言われた。「あなたがたに、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には、たとえで話します。彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。
このたとえの意味はこうです。種は神のことばです。
道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、あとから悪魔が来て、彼らが信じて救われることのないように、その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。
岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。
いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が熟するまでにならないのです。
しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。


イエスさまは、歩きながら、散歩しながら、お話しされたりもしたのかな。

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